コントラスト

昨年9月、仕事を辞めたこともあって久しぶりに実家に里帰りをした。北口の駅前はあいかわらず閑散としている。駅前のジャスコもユニーももうない。市の西側の郊外にショッピングセンターができて、もう10年以上経っているが、いまでも駅前に立つと空の抜けの良さにびっくりする。
 
家にいてぐだぐだしていても仕方がないので、車で5分ぐらいのところにあるねむの木学園の美術館に行こうということになった。ねむの木学園は、女優の宮城まり子さんが1968年から守り続けて来た養護学校だ(辛酸なめ子さんもときどきエッセイで話題にしている)。これまでは海側にあったが、数年前に、実家の近くの森の中に移転してきたのだ。

我々は車で北に向かい、西に一度だけ左折して山を越えた。下り坂の最後の交差点に学園への道案内がある。その後ろの防護壁には、ねむの木学園で暮らしている生徒たちの絵が描かれていた。「歩いていった方がいいよ」という妹の勧めに従い、施設の手前に併設されている吉行淳之介文学館の駐車場で車を止めて、美術館まで歩いていくことにする。貯め池沿いの曲がりくねった細くて長い一本道をゆっくり登って行くと、道路の脇の草の上にカマキリがいた。小川の脇にはイノシシ用の罠も仕掛けられている。

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9月とはいえ、静岡の昼はまだ暖かい。直射日光の下で坂道を歩いているとすぐに汗が噴き出してくる。20分ぐらい歩き続けただろうか。やっと学園の建物が見え始める。コーヒーショップ、雑貨屋、宿泊棟。建築家の藤森照信が設計した新美術館は、まだ建設中だった。

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さらに10分ほど山道を登っていくと、やっと目指していた美術館が出現した。透明なガラス張りの平屋の建物だ。生徒たちの作品が展示されている建物の中に入る。赤、青、黄、緑、線、線、線。一面に塗られた絵の具やミニマルな反復の中から顔を出す優しさ、怖れ、好奇心、哀しみ。脇のテーブルには宮城まり子さんの子供たちへの愛情が強く溢れ出ている本が置かれていた。

20分ほどいて、美術館を出た。入れ違いに観光バスが来ておばさんたちを降ろして行く。帰り道、学園の人たちが運営している喫茶店に寄ってコーヒーを飲み、文学館で車を拾って家に帰る。

ちょうどその日、町中では秋祭りが行われていた。仁藤の大獅子を見ようということになって、夕方、駅前のほうにもう一度出かける。夜店の向こう側に、高校時代の同級生の顔がちらちら見える。そんな縁日の喧噪のなかで、数時間前の静けさが、まだ身体のなかに融けずに残っている。ここから5キロぐらいしか離れていない異世界は、今頃もう眠りについているだろう。

その年の年末、学園の入り口の前をランニングしながら通ったことがある。宮城まり子さんの本のなかに出てくる泥酔しながら自分の娘に会いにきた父親も、この道を通ったのだろうか。そんなことを考えながら下り坂を走っていると、一台の白いセダンが、ゆっくりと後方から僕を追い越していった。

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